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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)4404号 判決 1996年4月16日

原告

株式会社甲

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

吉川法生

被告

○○こと

右訴訟代理人弁護士

佐々木寛

主文

一  被告は、別紙顧客目録記載の者に対し、面会を求め、電話をし又は郵便物を送付するなどして、男性用かつらの請負若しくは売買契約の締結、締結方の勧誘又は理髪等同契約に付随する営業行為をしてはならない。

二  被告は、男性用かつらの請負若しくは売買契約の締結をしようとし又は理髪等同契約に付随するサービスの提供を求めて被告宛来店あるいは電話連絡をしてくる別紙顧客目録記載の者に対し、男性用かつらの請負若しくは売買契約の締結、締結方の勧誘又は理髪等同契約に付随する営業行為をしてはならない。

三  被告は、別紙営業秘密目録記載の原告顧客名簿の写しを廃棄せよ。

四  被告は原告に対し、金四九万五一〇〇円及びこれに対する平成六年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告のその余の金員請求を棄却する。

六  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

七  この判決の第四項は、仮に執行することができる。

事実

第一  請求の趣旨

一  主文第一ないし第三項と同旨

二  被告は原告に対し、金一九七万四二〇〇円及びこれに対する平成六年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  前項につき仮執行の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、男性用かつらの販売を業とする株式会社であり、本店営業所(新大阪店)の外、支店として心斎橋店、三宮店、姫路店を置き、右各店において営業活動を行っている。

(二) 被告は、昭和六〇年から平成五年八月一二日まで原告の従業員(昭和六〇年六月から平成五年五月三一日までは心斎橋店店長、同年六月一日以降退職時までは直営店統括本部新大阪店店長)として稼働していたが、現在は原告を退職して、大阪市中央区(以下省略)○○ビル地下一階において「○○」の屋号で男性用かつらの製造、販売を行っている。

2  原告顧客名簿の営業秘密性

原告は、別紙営業秘密目録記載の原告顧客名簿(以下、単に「原告顧客名簿」という)を保有しているところ、原告顧客名簿は、以下に述べるとおり、原告が多額の広告費をかけて開拓した昭和六四年(平成元年)一月以降の原告心斎橋店における顧客に関する情報が記載されているものであって、その情報は、男性用かつらという極めて限定された商品の市場における顧客を確保するために必要で、かつ原告の死活を決するほど原告の事業活動に有用な営業上の情報である。

すなわち、かつらの販売はその性質上、頭髪の薄い男性に直接路上で勧誘して行うことなどは到底不可能な上、自分がかつらを使用していることを他人に知られたくないため、友人・同僚等を客として紹介してくれることもないことなどから、顧客の獲得は、必然的にテレビコマーシャル、新聞広告等の宣伝媒体によらざるを得ないのである。そのため、原告は、神戸新聞・大阪新聞・スポーツニッポン・サンケイスポーツ・報知新聞・日刊スポーツの各新聞に定期的に広告を載せており、これらの広告代だけで年間約二二〇〇万円ないし二四〇〇万円をかけている(これは原告の売上げの約二〇パーセントに当たり、顧客一人当たりに換算すると五万円〜八万円になる)。特に、原告は日本で初めて定価を公表し、かつ、低価格(通常価格の約三分の一)でのかつら販売を実現したことなどから、かつて他社のかつらの使用者であった者も多数原告の顧客として定着するに至っている(その人数は、原告の全顧客の九割以上に及んでいる)。そして、原告の売上げの六〜七割は顧客の買い替えによるものである。

原告顧客名簿は、店のカウンター内(来店した顧客からは見えない)に保管され、従業員以外の者はアクセスできないように秘密として管理されており、かつ、公然と知られたものではないから、不正競争防止法上保護されるべき営業秘密に当たる。

3  被告による原告顧客名簿の窃取及び使用

(一) 被告は、平成五年八月一二日又は翌一三日(平成五年については、以下、単に月日のみをもって表示する)、原告心斎橋店から原告顧客名簿を窃取した。

(二) 被告は、八月一二日又は翌一三日以降、原告顧客名簿を使用して、同記載の顧客に対し、次のような虚偽の言辞により、かつらの受注又は理髪、修復若しくはセット(汚れを落とす等かつらを洗ったりウェーブをかけ直したりすること)等のかつらの請負又は売買契約に付随する営業行為を行っている。

ア 原告の了解を得て退職したので、新しい店に来てほしい。

イ 店の場所が変わったので来てほしい。

ウ 原告の了解は得ていることだが、原告に発注したかつらはキャンセルしておくから、新たに発注してほしい。

エ 近々、原告心斎橋店は閉めるから新しい原告の店に来てほしい。

オ 近々、原告の若い営業の者もうちに来る。

カ 原告代表者を告訴する。

(三) これらの言辞のうち単に店の場所が変わった(イ)、心斎橋店は閉める(エ)等の言動、及び原告の注文書を使用しての受注は、原告の顧客をして被告営業店を原告心斎橋店と誤認させるものであって、現に、現在でも原告心斎橋店と思い込んで被告営業所に来店又は架電してくる顧客もある。前記のとおり、原告の売上げの六〜七割はかつらの買替えによるものであり、現在のアフターケアが確実に将来の買替えに結び付くところ、右のような被告による原告の顧客の奪取行為は、原告に多大の損害を被らせるものである。

(四) 被告は、八月中旬から一〇月下旬頃までの間、大阪市淀川区(以下省略)△△こと丙方営業所において、原告顧客名簿を使用して、原告の顧客宛連絡を取り、別表一記載の顧客に対し同表記載の営業活動を行った。

また、被告は、一一月以降、前記○○ビル地下一階の店舗「○○」において、別表二及び別表三記載の顧客に対し、かつらの注文を受けるなどの営業活動を行った。

4  損害

以上のような被告の故意による不正競争行為により、被告は次の(一)、(二)の総合計一九七万四二〇〇円の利益を得、原告はこれと同額の損害を被った。

(一) 被告が原告顧客名簿に基づき連絡を取った原告の顧客のうち、被告がかつらを受注したのは次表記載のとおり三台であり、金額にして四二万六二〇〇円である。

発注者 年月日 金額

A  平五・一〇・一四

一四万六二〇〇円

B 一四万円

C 一四万円

(二) 被告がその余の顧客に対して行ったカット及びパーマによって得た利益は、次のとおりである。

(1) 別表一の顧客

三〇〇〇円(カット一回当たりの金額)×二二(延回数)

=六万六〇〇〇円

六〇〇〇円(パーマ一回当たりの金額)×一(延回数)

=六〇〇〇円

合計七万二〇〇〇円

(2) 別表二の顧客

三〇〇〇円×七(人数)×六(平成五年一一月から平成六年三月までの間にカットをした回数)

=一二万六〇〇〇円

(3) 別表三の顧客

三〇〇〇円×七五(人数)×六(右(2)と同様)=一三五万円

5  結論

よって、原告は被告に対し、不正競争防止法二条一項四号、三条に基づき、請求の趣旨第一、第二項記載の不正競争行為の差止め及び被告の所持する原告顧客名簿の写しの廃棄を求めるとともに、同法四条、五条に基づき、損害賠償金一九七万四二〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年五月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)の事実は認める。

なお、被告が原告を退職するに至ったのは、原告代表者が盆前の顧客が多くなる時期に、二重の予約を受け付けていたことから、被告が原告代表者に苦情を述べたところ、原告代表者が激昂し、被告に対し理由なく自宅待機を命ずるという労働契約上違法な処分を申し渡したためである。

2  同2(原告顧客名簿の営業秘密性)の事実のうち、原告顧客名簿が原告の営業秘密であることは争い、その余の事実は知らない。

3  同3(被告による原告顧客名簿の窃取及び使用)の事実のうち、(一)(二)(三)の各事実は否認する。(四)の事実については、被告が△△こと丙方営業所で営業していたことは認め、その余の事実は否認する。

(一) 被告は、原告に勤務する以前から理容師として働いていたものであるが、理容業界においては、顧客は職人としての理容師につくという性格があり、理容師が勤務先を退職する際は、事前にその顧客名簿を使って自己の顧客に対し辞めることを通知するのが通常であり、原告代表者もこのことを知っていた。ところが、被告が退職した経緯が前記のようなものであって、かかる通知をすることができなかったため、被告は、原告の心斎橋店店長の承諾を得て原告顧客名簿をコピーし、これに基づき自己が原告を退職し、丙の所で仕事をしている旨を通知し、また、被告に対し問合せの電話をしてきた顧客に対し同旨を述べたにすぎない。

被告は、原告主張のように、単に店の場所が変わった、心斎橋店は閉めるなどと言ったことはない。原告の注文書を使用した点については、被告の手元に原告の注文書が残っていたため便宜上使用したにすぎず、顧客に誤認混同を生じさせる方法で用いたことはない。

また、右顧客に対する退職の通知も過渡的なものであり、現在は、右顧客に対し何らの通知もしていない。

(二) 被告は、その後も、原告心斎橋店を何度か訪ねており、原告心斎橋店店長から連絡を受け、かつらの注文を受けて未だ取付けをしていない顧客のかつらを取り付けるために行ったこともあれば、かつらを取りに行ったこともある。その取付代金は、原告心斎橋店店長が被告のもとに集金に来た際に渡していた。すなわち、原告は、被告が原告顧客名簿を使用して被告が原告を辞めたことを連絡すること及び被告の顧客が被告について行くことを承認していたのである。

(三) そして、被告の店に来ている客は、被告(の技術)について来た客であって、被告が原告顧客名簿を利用して不当な勧誘をしたが故に来ている客ではない。

4  同4(損害)の事実は争う。但し、被告が同(一)記載の三名のうちB及びCから各一台のかつらを受注したことは認める。また、別表二記載の七名が客としてカットをしに○○ビル地下一階の店舗「○○」に来店したことは認めるが、中には実際にはカットをせずに帰った者もいる。

原告は、被告の得た利益の額として、カット、パーマ一回当たりの金額、あるいはかつら一台当たりの単価を挙げているが、それらは売上げであり、そのまま原告の得べかりし利益となるものではない。また、原告の主張する顧客が被告のもとにカット、パーマをしに来たり、かつらを注文したとしても、それが直ちに原告の得べかりし利益となるものではない。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)について

請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(原告顧客名簿の営業秘密性)について

1  証拠(甲一、五、六の1〜3、一六、二二、二三、証人丁、原告代表者、被告本人)によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和五五年の設立当初から、新規にかつらの注文を受けた顧客の名簿を作成しており、心斎橋店を開設した昭和六〇年以降は、本店営業所(新大阪店)において全営業所の新規顧客について顧客名簿を作成している外、各店舗においても、当該店舗における新規顧客についてそれぞれ顧客名簿を作成し保管している。

(二)  原告心斎橋店で作成し保管している原告顧客名簿(甲一六。後記のとおり、甲一六を被告が複写し、これを更に丙が複写して原告代表者に交付したものが甲一である)は、一九八九年(昭和六四年)一月七日以降に同店が新規にかつらの注文を受けた顧客について、受注した順序に、顧客番号、受注日、氏名、年齢、電話番号、住所、来店のきっかけとなった媒体(新聞広告、紹介等)、かつらの価格及び手付金・残金の内訳、納品時期に関する事項(予定日・入庫日・納品日)、各顧客の頭髪の状況等を記載したものである。そして、原告顧客名簿は市販の大学ノートを使用したもので、原告は、その表紙にマル秘の印を押捺し、これを心斎橋店のカウンター内側の顧客からは見えない場所に保管していた。

なお、一九八八年(昭和六三年)以前に心斎橋店が受注した顧客について同店で作成した顧客名簿は、紛失して存在しない。

(三)  本件のような男性用かつらの販売業は、頭髪が薄くなった男性を対象とするものであり、自らがかつらを必要とすることは恥ずかしくて他人に知られたくないと考えるのが通常であるという性質上、例えば路上等公衆の面前で直接頭髪の薄い男性に声をかけて購入の勧誘をしたりすることは困難であり、また、理容店等からの紹介も必ずしも期待できないため、理容業、美容業といった業種に比べ顧客の獲得が困難である。したがって、顧客獲得のためには、新聞、テレビ等を通じて効果的な宣伝広告を行い、これに接した顧客の方から自発的に申込みをしてくるのを待つ以外にないことから、これに多大の宣伝広告費用を必要とする。そのため、原告も、長年にわたり継続してスポーツニッポン、サンケイスポーツ、報知新聞、日刊スポーツ、読売新聞、産経新聞、神戸新聞及び大阪新聞に相当のスペースを割いて宣伝広告を行っており(甲五)、例えば平成五年一〇月から同年一二月までの間に右各新聞社(広告代理店)に支払った宣伝広告費は一か月当たり約二〇〇万円前後で(甲六の1〜3)、総売上高の約三〇%に当たる。実際にも、原告の顧客のほとんどが新聞広告を見て原告の店舗に来店した者であり、理容店等からの紹介によって来店することもあるがその割合は小さい。このようにして原告が獲得した顧客の数は、昭和五五年の設立以来の全店舗累計で約二八〇〇名であり、そのうち心斎橋店の顧客は約七〇〇名である。そのうち原告顧客名簿(甲一)に登載されている顧客数は、約四〇〇名である。

(四)  また、かつらを販売した後も、定期的な調髪等の手入れの外、かつらの買替えといった同一顧客による需要も少なくなく、これも原告にとって相当大きな収益源となっている。

2  以上の事実によれば、一般に男性用かつらの販売業においては、理容業等の業種に比べて顧客の獲得が困難であり、多額の宣伝広告費用を投下して新聞、テレビ等の各種宣伝媒体を利用せざるを得ない実情にあり、原告顧客名簿も、原告において長年にわたり継続して多額の宣伝広告費用を支出してようやく獲得した顧客が多人数記載され、各顧客の頭髪の状況等も記載されているものであり、これらの顧客からは将来にわたって定期的な調髪等の外、かつらの買替えの需要も見込まれることに照らせば、原告顧客名簿は、原告が同業他社と競争していく上で、多大の財産的価値を有する有用な営業上の情報であることが明らかである。

そして、原告は、原告顧客名簿の表紙にマル秘の印を押捺し、これを原告心斎橋店のカウンター内側の顧客からは見えない場所に保管していたところ、右のような措置は、顧客名簿、それも前記のような男性用かつら販売業における顧客名簿というそれ自体の性質、及び証拠(証人丁、原告代表者)により認められる原告の事業規模、従業員数等(従業員は、本店及び三支店合わせて全部で七名。心斎橋店は店長一人)に鑑み、原告顧客名簿に接する者に対しこれが営業秘密であると認識させるのに十分なものというべきであるから、原告顧客名簿は、秘密として管理されていたということができる。更に、原告顧客名簿に記載された情報の性質、内容からして、原告以外の者に公然と知られていない情報であることは明らかである(これに反する証拠はない)。

したがって、原告顧客名簿は、不正競争防止法二条四項所定の「営業秘密」に該当するというべきである。

三  請求原因3(被告による原告顧客名簿の窃取及び使用)について

1  証拠(甲一、二、三の1〜6、四、七〜一一、一二の1〜25、一三、一五の1、2、二一、検甲一、二、証人丙、同丁、原告代表者、被告本人)によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告は、八月一三日、当時は既に原告心斎橋店店長から新大阪店店長に異動していたものの引継ぎのため心斎橋店で稼働していた際、原告代表者が被告に無断でその前日分の心斎橋店の顧客につき予約を二重に受けていた(ダブルブッキング)として、クレームをつけたことから原告代表者と口論となり、このことが原因で原告代表者から暫くの間自宅謹慎を命ずる旨申し渡されたため嫌気がさし、原告を退職し独立して自らかつら販売業を営むことを決意した。

(二)  被告は、原告代表者から自宅謹慎を命じられた直後頃、知人で同じく男性用かつらの販売業を営む△△こと丙に対し、トラブルがあって原告を辞めた旨を告げ、丙方店舗を使わせてほしいと頼み、その承諾を得た。そして、被告は、同店舗において、原告心斎橋店の原告顧客名簿等を使用して、原告の顧客のうち二〇〇名を超える者に対し、次々と、原告の承諾を得て独立して店が変わったから、こちらの方に散髪に来て下さい、原告の方への注文はキャンセルしてこちらに注文して下さいなどといった内容の電話をかけ、約五〇名の顧客の来店を受けて、理髪、かつらの受注、型取り、取付け、納品等の業務を行った。被告が原告顧客名簿を使用して電話をかけたことにより八月二一日から一〇月二一日までの間に丙方店舗に来店し、被告がカット、パーマを行った客及びその回数は、別表一記載のとおりである。

なお、被告は、右かつらの受注に際しては、原告のネーム入りの注文書用紙(甲三の1、2、4、6)又は△△の注文書用紙(甲三の3、5)を使用した。

(三)  丙は、九月一〇日頃、被告から原告顧客名簿(甲一六)の写しを示され、そのコピーをとった(甲一)。また、丙は、自己の店舗の予約帳に、自己の顧客から受け付けたカット等の予約の外に、これと区別して、被告が原告の顧客から受け付けたカット等の予約をも記載し、次いで、被告の分のみを抜粋してその姓、カット又はパーマに来た回数及び最初に来た日等を記載し一覧表(甲二)にした(前記別表一は、この甲二に基づくものである)。

そして、丙は、一〇月二〇日過ぎ、原告代表者から被告の所在について問い合せを受けた際、顧客名簿を持ち出されたものと思われる原告の立場に同業者として同情し、原告代表者に忠告するとともに、右甲一(原告顧客名簿[甲一六]の写しの写し)及び甲二(一覧表)を交付した。

(四)  被告は、その頃、丙方店舗の使用料の額のことから丙ともトラブルを起こし、一一月中頃に同人方店舗を出て、一二月初め、原告心斎橋店から徒歩約二〇分のところに位置する大阪市中央区(以下省略)○○ビル地下一階を賃借して、同所において「○○」という名称でかつらの販売業を営むようになり、現在に至っている。

被告は、右店舗を開店した頃、夕刊紙「夕刊フジ」に二行の広告(料金は一行一二〇〇円)を五回掲載したが、その外は特に宣伝広告活動を行っていないし、地下一階の右店舗に降りる階段の入口に看板等も一切出していない。

2  被告が現在所持している原告顧客名簿の写し(甲一の原本)は、原告心斎橋店で保管されている原告顧客名簿(甲一六)を複写したものであるところ、この複写につき、被告は、自己の顧客に原告を退職する旨を通知することができなかったため原告の心斎橋店店長の承諾を得て原告顧客名簿をコピーしたものである旨主張し、被告本人尋問において同旨を供述し、その時期は九月初めである旨供述するが、甲一には、八月一一日受注の顧客(D)までの分しか記載されておらず(その下に記載されている「8/14E」「8/15F」は、丙から甲一の交付を受けた後に、原告代表者が記入したものである)、原告心斎橋店に保管されている原告顧客名簿(甲一六)には記載されているそれ以降の八月一四日受注分のEから一〇月二日受注分のGまでの記載がないことからすると、被告が原告心斎橋店に保管されていた原告顧客名簿(甲一六)をコピーしたのは八月一一日から一四日までの間であることが明らかである。また、原告顧客名簿(甲一六)をコピーすることについて心斎橋店店長(丁)の承諾を得たとの被告の供述は、証人丁の証言に照らし信用できない。

そうすると、被告は、原告代表者との口論により退職の意思を固めた後である八月一三日から一四日までの間に、原告に無断で、原告心斎橋店に保管されていた原告顧客名簿(甲一六)を同店から持ち出してコピーしたものと推認する外はなく、したがって、被告は営業秘密である原告顧客名簿を不正に取得したものというべきである。そして、被告は、右のように不正に取得した原告顧客名簿(写し)を使用して、そこに記載された原告の顧客に電話をかけ、これによって来店した客に対し理髪や男性用かつらの受注等の業務を行ったのであるから、被告の行為は、不正の手段により営業秘密を取得し、かつ、右不正取得行為により取得した営業秘密を使用した行為に該当する(不正競争防止法二条一項四号)。

被告は、理容業界においては、顧客は職人としての理容師につくという性格があり、理容師が勤務先を退職する際は、事前にその顧客名簿を使って自己の顧客に対し辞めることを通知するのが通常であり、原告代表者もこのことを知っていたと主張し、右営業秘密の取得・使用行為を正当化するようであるが、右被告主張の事実を認めるに足りる証拠がないのみならず、原告の属する業種は単なる理容業ではなく、男性用かつらの販売業であり、かつらの販売に付随して理容(カット等)も行うにすぎないから、右主張は採用することができず、被告の行為を正当化することはできない。

3  したがって、原告顧客名簿(甲一六)に登載された別紙顧客目録記載の者に対し、面会を求め、電話をし又は郵便物を送付するなどして、男性用かつらの請負若しくは売買契約の締結、締結方の勧誘をしたり、又は理髪等同契約に付随する営業行為をすることは、営業秘密である原告顧客名簿を使用する行為に該当することが明らかであるから、右行為の差止めを求める原告の請求(請求の趣旨第一項)は理由がある。

次に、男性用かつらの請負若しくは売買契約の締結をしようとし又は理髪等同契約に付随するサービスの提供を求めて被告宛来店あるいは電話連絡をしてくる原告顧客名簿(甲一六)に登載された別紙顧客目録記載の者に対し、男性用かつらの請負若しくは売買契約の締結、締結方の勧誘又は理髪等同契約に付随する営業行為をすることの禁止を求める原告の請求(請求の趣旨第二項)の当否について検討する。原告顧客名簿(甲一六)に登載された別紙顧客目録記載の者はもともと原告の顧客であった者であり、かつ、被告は、前記のとおり、「○○」開店の頃に夕刊紙に二行の広告(料金は一行一二〇〇円)を五回掲載した外は、看板等も含め宣伝広告活動を行っておらず、前記二1認定の男性用かつらの販売業の実情に照らし、自己の顧客の獲得はすべて原告顧客名簿を使用した原告の顧客に対する勧誘に依存しているといっても過言ではない。したがって、男性用かつらの請負若しくは売買契約の締結をしようとし又は理髪等同契約に付随するサービスの提供を求めて被告宛来店あるいは電話連絡をしてくる別紙顧客目録記載の者は、特段の反証のない限り、被告が一度は原告の営業秘密である原告顧客名簿を使用して勧誘を行った顧客であると推認することができ、これらの者に対し、被告が男性用かつらの請負若しくは売買契約の締結、締結方の勧誘又は理髪等同契約に付随する営業行為をすることは、先に行った原告顧客名簿を使用しての原告の顧客に対する勧誘によってもたらされる必然的な結果を利用する行為であるということができ、不正競争防止法三条二項の立法趣旨をも考慮すると、右の勧誘と一体をなすものとして営業秘密の使用に当たると解するのが相当であるから、前記請求も理由がある。

そして、被告が現在所持している原告顧客名簿(甲一六)の写しは、営業秘密の使用という不正行為の組成物に該当するから、その廃棄を求める原告の請求(請求の趣旨第三項)は、理由のあることが明らかである。

四  請求原因4(損害)について

1  被告が原告顧客名簿を使用して原告の顧客に対し契約締結の勧誘及びこれに基づくかつらの受注、カット、パーマを行ったことにより、原告が営業上の利益を侵害されたことは明らかであり、右の不正競争行為につき被告には故意があるというべきである。

したがって、原告は、不正競争防止法四条に基づき、被告に対し被告の不正競争行為により被った損害の賠償を請求することができるところ、同法五条一項により、被告の得た利益の額が原告の被った損害の額と推定されるので、原告の主張に従い、以下検討する。

2(一)  証拠(甲三の4〔注文書〕、証人丙、被告本人)によれば、被告は、原告顧客名簿に登載されている原告の顧客のうちのAから、平成五年一〇月一四日に、代金一四万六二〇〇円でかつらを受注したことが認められる。

また、被告がB及びCから各一台のかつらを受注したことは、当事者間に争いがない。そして、原告代表者及び被告本人の各供述によれば、かつらの受注代金は一台当たり一四万円を下回ることはないことが認められ、他に特段の事情を認めるに足りる証拠はないので、右両名のかつらの受注代金も、それぞれ一四万円と認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

そうすると、被告は、不正に取得した営業秘密である原告顧客名簿を使用して、合計四二万六二〇〇円の収入を得たことになる。

(二)  前記三1(二)認定事実によれば、被告が原告顧客名簿を使用して電話をかけたことにより八月二一日から一〇月二一日までの間に△△こと丙方店舗に来店し、被告がカット、パーマを行った客及びその回数は、別表一記載のとおりであり、証拠(甲二、証人丙、被告本人)によれば、カット一回当たりの代金額は三〇〇〇円であり、パーマ一回当たりの代金額は六〇〇〇円であることが認められるから、次の算式に示すとおり、被告がこれらの客にカット及びパーマをしたことにより得た収入は合計七万二〇〇〇円となる。

三〇〇〇円(カット一回当たりの金額)×二二(延回数)

=六万六〇〇〇円

六〇〇〇円(パーマ一回当たりの金額)×一(延回数)

=六〇〇〇円

合計七万二〇〇〇円

(三)  原告顧客名簿に登載されている別表二記載の七名が客としてカットをしに○○ビル地下一階の店舗「○○」に来店したことは当事者間に争いがない。被告は、右来店した客の中には実際にはカットをせずに帰った者もいる旨主張するが、カットをしてもらいに来店した以上、特段の事情のない限り実際にカットをしてもらったと推認するのが相当であるところ、被告は、来店した右七名のうち誰が実際にカットをしてもらわずに帰ったのか具体的に主張立証しないから、被告の右主張は採用の限りでなく、右七名全員が実際にカットをしてもらったものと推認される。そして、原告代表者の供述によれば、原告の顧客については、通常一か月に一回、長くても三か月以内に一回カットをしに来店することが認められるから、原告が主張する平成五年一一月から平成六年三月までの間に二回カットをしに右被告の店舗に来店したものと推認される。そうすると、右期間に被告がこれらの客にカットをしたことにより得た収入は、次の算式に示すとおり、合計四万二〇〇〇円と認めるのが相当である。

三〇〇〇円×七(人数)×二=四万二〇〇〇円

(四)  原告代表者の供述によれば、原告顧客名簿に登載されている別表三記載の者は、原告の店舗でかつらを取り付けた、別表一及び同二記載の顧客以外の顧客であって、被告が原告を退社して以降原告の店舗に来店しなくなった者であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、同じく原告代表者の供述によれば、いったんかつらを取り付けても、自前の頭髪が伸びることなどから定期的にカット等を行う必要があることが認められ、原告の店舗でかつらを取り付けた者は、右カット等をするためには、特段の事情のない限り、原告の店舗に来店するのが通常であると考えられるから、右別表三記載の者が原告の店舗に来店しなくなったのは、被告が原告の営業秘密である原告顧客名簿を使用しての勧誘及びこれに基づく営業行為をしたことによるものであると推認することができる。そして、別表三記載の合計七五名について、前記(三)同様、平成五年一一月から平成六年三月までの間に二回カットをしに被告の店舗に来店したものと推認されるから、被告がこれらの客にカットをしたことにより得た収入は、次の算式に示すとおり、合計四五万円と認めるのが相当である。

三〇〇〇円×七五(人数)×二=四五万円

3  そうすると、被告が本件不正競争行為により得た収入は、右2の(一)ないし(四)の合計九九万〇二〇〇円ということになるが、前記のとおり、不正競争防止法五条一項により原告の被った損害の額と推定されるのは被告の得た利益であるところ、前示被告の宣伝広告活動の内容等を総合すると、他に格別の主張立証のない本件においては、利益率は五〇%と認めるのが相当である。

したがって、原告の被った損害の額と推定される被告の得た利益の額は、右収入の五〇%に相当する四九万五一〇〇円ということになる。

五  結論

よって、原告の請求のうち、不正競争行為の差止め及び原告顧客名簿の写しの廃棄を求める請求を認容し、損害賠償請求は、右四3認定の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官水野武 裁判官田中俊次 裁判官本吉弘行は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官水野武)

別紙原告顧客目録<省略>

別表 一ないし三<省略>

甲第一号証<省略>

別紙営業秘密目録

原告顧客名簿

但し、1989年以降、原告の顧客に関する下記情報を受注年月日順に記載したもの(別添甲第一号証の体裁のもの)

①受注番号

②受注日

③氏名

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⑨価格

⑩手付金額

⑪残金

⑫納品予定日

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